未来の日本史博士の時典

日本史オタクが歴史を語る。アニメ、スター・ウォーズなんかも好きなんで時々綴ります

藤原一族の野望#3暴れん坊天皇が人殺し!?

どうも未来の日本史博士です。

今回解説する天皇暴れん坊将軍ならぬ暴れん坊天皇陽成天皇、そしてその次の光孝天皇です。前置きはこのくらいにしてさっさと本題に進みましょう!

≪今回のキーパーソン≫

今回の時代の天皇 陽成天皇

光孝天皇
皇位876年~884年
上皇位884年~949年
皇位884年~887年
時の権力者 藤原基経 摂政872年~880年
関白887年~891年
太政大臣881年~891年

 

 

粗暴な天皇

126代の天皇の中でもなかなか荒々しかったようで時の権力者・藤原基経もさぞかし困ったようです。犬と猿を闘わせたり(犬猿の仲といえども…)、カエルを蛇に食べさせるのを鑑賞したりとなかなかグロテスクな行動をしていたようです。たとえば北畠親房南北朝時代の人物)の「神皇正統記」などにもこういった行動が書かれています。さて、この記事の題名にもあるような人殺しを本当にしたのか?

その噂の事件はこう。陽成の乳母であった紀全子の子・源益が内裏で殺害されるというものです。これがきっかけで基経より譲位を迫られて、退位したとか。実際基経は陽成と仲が悪かったので譲位させる口実として捏造した可能性もあるという。まあ陽成は事件であれ、事故であれ、何らかの形で関与していたという解釈が一般的です。最終的には基経が花見を進めて御所の外に連れ出して譲位させて一件落着(?)しました。

謙虚すぎる天皇

陽成と光孝は正反対の性格なのに歌才は両名あるようで両方の句が百人一首に収録されています。光孝は「君がため 春の野に出でて 若菜摘む わが衣手に 雪は降りつつ」。そして陽成は「つくばねの 峰より落つる みなの川  恋ぞつもりて 淵となりぬる」という心に沁みる歌を作っています。なお陽成に関しては上皇歴が史上最長の65年(2位は冷泉の42年)で位を離れたが故なのか元気に人生を全うしたようです。

本題に戻りますよ。陽成を廃位したら誰が天皇として即位するのか、というのが命題になっていました。そもそも幼い天皇が続いた挙句事件が発生、また藤原一族の中でお家騒動が起こって混乱した情勢でした。だから次は年配の人物が適任と考えられていました。

まずは承和の変で廃された恒貞親王が推挙されたものの本人が拒否してしまいます。その次、嵯峨天皇の子・源融が自分を推したものの基経がバッサリと切り落としました。色々あって推薦されたのが時康親王です。とても謙虚で自分から皇位を求めることがなかったので基経が目を付けました。まあ時康親王と基経が親戚筋であったことも関係したと思われますが…まあ多くの官職を務めたのが天皇になった遠因でしょう。

この結果即位した光孝は基経に全権を委任することに決めたため、実質基経が関白になったも同然でした。光孝はとても珍しいことに相撲行事の管轄をしていたこともあって相撲を奨励し、また鷹狩りを復活させました。

今回はここまで。

次回以降も乞うご期待!